オナ禁によって想像力、イメージ力が高まる
前回の更新から、引越の準備、引越作業などでながらく更新できていませんでした。
現在は実家のある地域に帰っており、努力ができていない状態です。
また一人暮らしに戻れば自己実現への道、闘いを歩むことになるだろう。
あとは、内部の精神世界が想像力の高まりで満たされていたので外の世界に対して何かを発する気になれなかったからだ。
しかし、昨日リセットしてしまいました。
はやく取り戻さなければという気になった。そして内部の精神世界が危うくなった。実家には少しの本しか持ってきていないが4月からのスタートに向けて歩みださなければならぬ。
高いエネルギー状態で高い想像力を持って進まなければならぬ。
最近読んでいる本
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天才になる方法について述べられている。
「天才とは生まれるものではなるものである」
様々な天才になるための普段のトレーニング(他人に自分自身がなりきって自分自身の人格に取り込むこと、映像的なイメージについて細部まで想像し説明すること、五感を結びつけること等)、要はイメージ豊かに生きろということが書かれている。
現実世界は我々が知覚しそれをもとに様々なイメージを膨らませる対称に過ぎない。
子どもはそのように現実を認識する。だから最も空想的存在でありイマジネーション豊かであり、魂とは本来そのような存在なのである。しかし、大人になってくると(というより現代の社会構造上)社会に適応することこそが大人になることの大きな要素であると思われ想像力が常識に束縛され現実的なものだけがこの世界には存在せずそう認識したとてもつまらない世界に生きることになる。思考も現実的なことに束縛されるようになる。「受験、就職、社会」このようなことについて考えているということは現実的な認識の中で生きているということであり、ほとんどの大人はこの枠組みの中の精神的に閉じた世界で生きることになるこれは天才になるためには最も敵となる思考であり本来の人間の脳力を発揮しないという上で生きる苦しみを与えるものである。
いかに現実的な束縛から逃れ、そして他人の眼から逃れ(常識的なことを考えを持つことがえらいこと、あるいは正常なことだと思い込むと奇想天外な発想や行動をすることはできない)、我が精神世界を豊かにしようという心がけを持たねばならぬと最近20歳という社会が規定するところの「大人」になった私が思った。
現実的な思考の届かないところで生きていく。私が目指すところはそこだ。
最もイマジネイティブな存在でありたい。
志す未来は豊かである。
オナ禁と天才になるこの話を結びつけるとするとこの想像力のエネルギーは間違いなく性エネルギーと等価であるということである。性的エネルギーの浪費は間違いなく脳へのエネルギーの供給を妨げ想像力を摩耗する。
リセット後1日目の現在、やはりそう感じる。そう感じるからブログを書くことで心を満たそうとする働きがあった。想像力豊かなときは外に対してよりうちに対して意識が向くものだ。そして、心は外に対して何も求めることなく満たされている。このような状態を維持するために禁欲的な生活を続けていこう。